積徳高等女学校慰霊之碑


積徳高等女学校
(積徳学徒隊)
積徳高等女学校の生徒からなる「積徳学徒隊」は、3月23日、第二十四師団第二野戦病院(豊見城城址)に配置されました。5月下旬、南部への撤退命令が出され(糸洲の壕)に入りました。学徒隊への解散命令が出されたのは、6月26日になってからでした。解散にあたって、病院長は「必ず親元へ帰りなさい。決して死んではいけない」と学徒たちに訓示しました。米軍の猛爆撃がやんだ26日に解散命令が出たことと病院長の訓示とが、積徳学徒隊の犠牲者を最小限にくいとめたのです。

積徳高等女学校から56名が動員されましたが、後に31名が除隊し25名の生徒が野戦病院に勤務、そのうち3名が戦死しました。学徒隊以外に教師5名、生徒25名、計33名が戦死しています。

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