梯梧之塔


昭和高等女学校
(梯梧学徒隊)
昭和高等女学校の生徒からなる「梯梧学徒隊」は県立首里高等女学校の生徒からなる「瑞泉学徒隊」とともに3月23日、第六十二師団の野戦病院(南風原町新川のナゲーラ壕)に配置されました。5月下旬、南部への撤退命令が出されました。そのとき重症患者がクレゾール液を注射されるのを目撃した学徒もいます。南部では、伊原と米須の2箇所の壕に入っていました。6月19日には両学徒隊に解散命令が出されました。昭和女学校の学徒らは解散命令後に米須の壕を出ていき、激しい砲撃の中で9名の学徒が死亡しました。

昭和高等女学校からは4年生17名が動員され、そのうち9名が戦死しました。学徒隊以外に教師4名、生徒49名、計62名が戦死しています。

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