ひめゆりの塔


沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校
(ひめゆり学徒隊)
沖縄師範学校女子部・県立第一高等女学校の生徒からなる「ひめゆり学徒隊」は3月23日、南風原町にある沖縄陸軍病院に配置されました。その後更に3つの分室と沖縄守備軍司令部経理部に分散配置されました。
日本軍の南部撤退に伴い、沖縄陸軍病院にも撤退命令が出され、5月25日、ひめゆり学徒隊も病院と共に南部へ撤退します。南部では山城・伊原・糸洲・波平にあった6箇所の壕に入っていました。6月14日〜19日には壕近くに至近弾が落ちたり、馬乗り攻撃やガス弾攻撃を受けた壕もあり、多数の死者が出ました。6月18日の解散命令後、壕を出た多くの学徒たちが山城の丘や海岸一帯で多くの学徒が死亡しました。

沖縄師範学校女子部・第一高等女学校からは教師18名、生徒222名が動員され、そのうち教師13名、生徒123名が戦死しました。学徒隊以外に教師3名、生徒87名、計226名が戦死しています。

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